脇本城跡

脇本城跡目次

  1. 脇本城跡 について
  2. 脇本城跡の見どころ
  3. 脇本城跡の周辺
  4. アクセス方法
  5. Tiktokで情報を見る
  6. instagramで情報を見る
  7. Googleで口コミを確認
  8. Twitterで情報を見る

脇本城跡 について

脇本城跡は秋田県男鹿市にある城跡です。

文字通り城跡のため建造物は現存しておらず、また山城(やまじろ)であったためもともと天守閣も建造されていなかったようです。

大規模な山城で、中世末には津軽地方の豪族である安東氏の居城になっていました。

山城と言う言葉を聞いた事はあるでしょうか。 城が建造されている地域によって3つに区分されます。

その中には平城(ひらじろ)、平山城(ひらやまじろ)、山城の3つがあります。 

文字を見て分かるように、平城から平山城、山城にかけて平地から山間部に位置するお城に分けられています。

この脇本城は、男鹿半島の付け根あたりの丘陵に築かれていました。

山城は軍事拠点として、飛鳥時代から江戸時代の末期まで全国的に築かれてきました。

上記分類の中で山城は最も高地にあります。 

高地にある軍事上の利点は大きく、山間部の地形により敵の移動阻害することができたり、広く視界を確保できるため有利であると点から、山城が築かれ始めました。山間部に要塞を築くと言う事は、日本のこの時代のもの特有のものと言うわけではなく、例えば中国の旅順要やフランスのマジノ要塞も山に築かれた要塞でした。

国内では、宮城県の多賀城がとても有名な山城ですが、こちらも建造物は残っておらず城跡になっています。

これは山城が軍事拠点として特化しており、平時の生活は麓で行っており敵が襲来した際などの戦時に飲み利用していた事が大きな理由だそうです。天守閣などはなく、小規模な山城は山の各所に塀や堀を築くなどの簡単なもので、中規模になると居住用の建造物が作られ始め、大規模になると周辺の山にも山城を築くなどといった形態でした。

またお城の初期の形という事もあり、水の入った水堀もなく石垣の技術もなかったためお城全体からすると小規模であったようです。

それに対し現在、一般的に目にするお城は平城と呼ばれるもので、戦国時代の末期から江戸時代にかけて建設された平地のお城が多いです。

戦国時代の末期になると、軍事拠点としての役割に加え、政治、経済の拠点とした役割を持つようになったため、交通や商業の要衝である平地にお城を築くようになりました。

代表的な 平城は、名古屋城、駿府城、二条城、広島城などがあります。 

おそらく一般的に写真などで目にするのは、この平城が多いのではないでしょうか。

ちなみに、こちらも有名なお城である江戸城や大阪城は平山城とすることもあるそうです。 大きく雄大のお城は権威を示すこともできたため、現在も残るような大きな天守閣が築かれたという側面もあるようです。そのため逆に軍事用に特化した山城では 天守閣が作られず、城跡と言う形で残っていることが多いです。

今回紹介している脇本城跡に関しても山城だったため、上記のような理由から城跡のみの現存となっています。

お城の解説が長くなってしまいましたが、、、ここからは簡単に脇本城について紹介します。脇本城は男鹿半島南部の脇本地区に位置する城跡で、総面積は150万平方キロメートルもあります。標高約100メートルの丘陵地に位置しており、 先に紹介した山城の特徴である地形を利用したお城作りを見ることができます。大規模な山城であったようで、5つの山城内の区分に加えて、城下町の地区と寺院の地区と合計7つのエリア分けがされています。そんな脇本城ですが、江戸時代の初頭(1600年ごろ)には廃城になっていたと考えられています。

おそらく上記のように軍事拠点としての必要性がなくなり、平城などに役割が移り変わっていったのではないでしょうか。

その影響でそれ以降脇本城とその周辺では大規模な開発が行われなかったため、当時の姿がよく残っています。

2004年に国の史跡へ登録され、2017年には「続日本100名城」へ登録されました。「続日本100名城」に登録されたことで、スタンプラリーも企画され以前よりも足を運ばれる方が増えているようです。SNSでも訪れている方々を見かける事ができ、お城というよりも周辺の雰囲気を楽しまれている方が多い印象です。さすが山城ということで日本海方面の景色はとても良いようです。

この脇本城を居城にしていた安東氏についても、オンライン上でたくさんの情報を得ることができます。

現在の東北地方に勢力を持った武士だったようで、鎌倉時代末期には御内人として蝦夷沙汰(えぞさた)代官職を務めていたようです。

冒頭に記載したように津軽地方を本拠に、西は出羽国東は下北半島までを支配していました。

一族で一度は分裂したものの戦国大名となるころに統合し、本家は16世紀後半以降秋田氏を名乗り明治維新後は子爵となったようです。

もしかすると現代まで家系が存続し、子孫の方がいらっしゃるかもしれません。

歴史の教科書などには載っていませんが、東北地方の歴史を紐解きたい方にはうってつけの場所になっています。

もちろん景色を見たい方でも簡単に立ち寄ることのできる場所なので、近くを通る際には立ち寄ってみてください。

脇本城跡見どころ

脇本城跡の見どころは、とても渋い点が多く見られます。

ディープな世界で、一般的で誰でも楽しむ事ができるというよりは、城好き、歴史好きの方向けという印象があります。

「曲輪(くるわ)」、「虎口(こぐち)」、「井戸跡」、「大土塁」について順に紹介します。

「曲輪」

土地を整地して、城壁や堀、土塁などを人工的に区切った城館内の区画です。この脇本城跡では最も多く目にすることができる遺構です。堤の上端が綺麗に平地になっているため、丘陵地の中でも人工的に整備されたというのがわかりやすいかと思います。

「虎口」

お城や各エリアの要所にある出入り口です。当時はもしかしたら兵士が立ち警備などをしていたかもしれません。こちらはパンフレットを手に回った方が良いかもしれません。平地と平地の間にある溝のような地形で、先の曲輪と曲輪の間にも見えるような気がしています。どんな様子だったかぜひ想像しながら当たりも見回してみてください。「井戸跡」は文字通り井戸のあった跡です。メインの内館地区には4つの井戸跡があります。こちらは「虎口」と比較して深い穴の様相が見てとれるので見つけやすいと思います。丘陵地のため当時は平地よりも深く掘られた井戸だったかもしれませんね。

こちらも生活に必要なものだったため、どのような建物が建っていたのか想像してみると楽しいと思います。

最後の「大土塁」です。

大土塁も現在では土が盛られた建造物ですが、最初に紹介した「曲輪」とは様相が違うため実際に目にするとわかりやすいかと思います。軍事拠点としてとても重要で、6mの高低差があるようです。攻め込まれた際の壁として重要な役割を持っていたと考えられます。現在ではもちろん歩きやすく整備されていますが、もしかしたら柵なども設置されていたかもしれませんね。城跡の中には神社とお寺がいくつか現存しています。敷地内にある菅原神社は学業に御利益がある神社として知られているようで、実際に参拝されている方もいらっしゃいます。珍しい木製の鳥居もあり、ひと目見ておきたいスポットです。オンライン上でもみることができるパンフレットにはいくつかのビューポイントも記載されているため、そちらを把握しておくと思い出として素敵な写真を撮る事ができます。下調べされてから行かれる場合はぜひ確認してみてください。

現地にも「史跡脇本城跡案内所」という小さな建物があり、パンフレットが置いてある様なのでそちらもご利用ください。

脇本城跡の周辺

先に記載した様に、脇本城跡はディープなスポットになっています。

近隣の方であれば時間のある時に気軽に来られますが、旅行として遠方からここだけを目指して来られる方は少ないのではないでしょうか。

そこで近隣のスポットをいくつか紹介します。

まずは同じお城関連です。

脇本城跡は「続日本100名城」に登録されていますが、同じ県内にもう一つ登録されているお城があります。

それが「秋田城」です。

こちらも同じく城跡になっていますが、車で30~40分ほどの秋田市内にあります。

そして、「続日本100名城」には先に制定された「日本100名城」があります。

この中にも秋田県内に一つ登録されています。

それは「久保田城」です。

こちらも車で40~50分ほどの秋田市内にありますが、久保田城は復元された「御隅櫓(おすみやぐら)」をみる事ができます。

お城好きや歴史好きとしては、この秋田市内の二つのお城とともに巡ってみても良いのではないでしょうか。

スタンプラリーもお忘れなく!

男鹿半島周辺としては「寒風山回転展望台」がレアスポットとなっています。

日本全国見ても10ヶ所ない回転展望台です。

閉業したり回転しなくなってしまう施設が増えているため、レアスポット好きな方はぜひ訪れてみてください。

アクセス方法

最後に脇本城跡へのアクセスです。

最寄駅はJR男鹿線の脇本駅です。

脇本駅からは徒歩で40分程度、車で10分程度になります。

脇本駅へは秋田駅で男鹿線へ乗り換えになります。

秋田駅へは東北新幹線沿線の方は盛岡駅で秋田新幹線でアクセスすることができます。

男鹿線は毎時1本程度、1日に14程度の運行なため、運転が苦手な方でなければ車でのアクセスをお勧めします。

空港は、秋田空港が最も近隣で、ついで大館能代空港になります。

どちらの空港からも車でアクセスする場合は、国道7号線、国道101号線でのアクセスがメインルートになります。

ちなみに秋田港にはフェリーが就航しています。

新日本海フェリーが就航しており、北海道の苫小牧、新潟、福井県の敦賀、京都の舞鶴を結んでいます。

日本海側の遠方から来られる方はこちらを利用してみても楽しい旅行になると思います。

船旅をした事ない方も、フェリーの旅はゆったりと、意外と気軽にできるのでとってもおすすめです!

多くの方がご存知のように秋田県は雪国です。

冬は深い雪に閉ざされてしまうので、電車で行かれる方もお車で訪れる方も、春から秋にかけての積雪のない時期での訪問をおすすめします。

もちろん冬は冬でさまざまな楽しみ方があるので、いつでも秋田県へ訪れてくださいね。

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